葬式文化を中継ぎにお寺と檀家

親鸞聖人の教えを仲介して普段の難題を措置したり、幸せを望む、あるいは、如来を通して先人の供養をするのが仏壇の価値だと思います。
仏様は釣りが好きだったという話を聞いていたので釣り好きの故人のために海の構想で祭壇を、プランニングしました。
そのうえお墓の形も近年では色々とあり以前までは形もあまり変わりませんでしたが近年では洋風化された、お墓が増加していますし、思いのままに作る人も、増加中です。
火葬にあたる職業の人は明治から僧侶(僧侶とは、出家して仏教の戒律を守る修行者のことをさす言葉です。古代インドでは、家庭を捨てて出家し、旅をしながら修行する行者をさす言葉でした)が人々の中に入り込み道の隅に放置された死体を集め、お参りして火葬したことが始まりとして、『オン坊』と言われたのだろう。
大切な祭壇たくさんの僧侶(僧侶とは、出家して仏教の戒律を守る修行者のことをさす言葉です。古代インドでは、家庭を捨てて出家し、旅をしながら修行する行者をさす言葉でした)いっぱいの参列者を集めた葬儀だったとしても、冷え冷えとした空気しか感じられない葬儀も存在するし、由緒あるお寺に威厳あるお墓を建てようが、供養をする人が大していないお墓もある。

死人を弔い葬り去る場所が亡くなった人を傍に置いて財産争いをする醜い場になり誰が一体故人を見送っているのだろうか、という事を強く感じた記憶がある。
家族・親族と決められた人々のみを召喚して、お別れが出来る、祭礼を、「家族葬」と仰られるようになり、ここにきて、浸透して、いらしたそうです。
通夜式と言う大典を果たすことで自分に近い人の死というつらい現実を受け入れ、仕切り直して新たな生活への、大きなきっかけとなります。
この時まで葬式文化を中継ぎにお寺と檀家はやっとのことで接点を持ってきたが、その葬儀のことに関しても、宗教儀式離れが始まった。
葬儀と告別式とは元来別で仏教の儀式では最初に宗教者による読経など施し、その次に告別式、主に喪主・家族・親族が故人とお別れする会が、施されています。

わざわざ清書した老いじたくノートも在所をみんな知らなければ無意味になるので、信認が厚い人に伝言しましょう。
気持ちの良い葬儀とはさよならだけに専心できる葬儀のことで戸惑うことなく無事に葬儀を終了することができ、後悔なくさよなら出来ることが、良い葬儀だと思えます。
「葬儀お坊さん」という言葉も「葬儀・法事だけしたがる僧侶(僧侶とは、出家して仏教の戒律を守る修行者のことをさす言葉です。古代インドでは、家庭を捨てて出家し、旅をしながら修行する行者をさす言葉でした)」を揶揄した言い回しだけでなく「葬儀に関係するから穢れている」という趣意を指したりもする。
古からご家族の人で進行することが民衆的だった普通だった遺品整理ですが、てんやわんやだったり、遺品整理する場所が遠距離だったり、遺族の力では賄えないのが現状です。
民衆的にこちら側は『法事』と言っていますが、杓子定規に言うと、僧侶(僧侶とは、出家して仏教の戒律を守る修行者のことをさす言葉です。古代インドでは、家庭を捨てて出家し、旅をしながら修行する行者をさす言葉でした)に仏典を読んでもらう点を「法要(法要(ほうよう)とは、. 本来の意味は、仏教において釈迦の教え(仏法)を知るということ。つまり仏法の要点・肝要を知ること。 その後、上記の用語が転用され、法事・仏事・法会などの儀式祭礼などの仏教行事一般のことをいうようになった)」と言いますので、法事とその後の食事も合体した行事を『法事』と呼んでいます。

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